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人植学会コラム・書評

人間-植物-人間という三つ巴の関係について

2023.10.13  綱島洋之(大阪公立大学)
tsunashimah@omu.ac.jp

 当学会でも話題になることが多い「農福連携」。この造語が使われ始めてから10年ほど経過しました。農業分野と社会福祉分野にそれぞれ労働力と就労機会がもたらされ,両者の間にwin-winの関係が築かれているといいます。農林水産省と厚生労働省のコラボも世間の耳目を集めました。しかし「社会福祉とは何か」という問題は実に奥が深く,だからこそ当学会としても腰を据えて取り組むに値するテーマだと私は考えています。

 日本学術会議が提言してきたところによると,社会福祉学が果たすべき役割には二面性があります。すなわち,現行の社会福祉政策や実践が対象とする個別具体的なケースのみならず,そこから切り捨てられたものや,それらを取り巻く地域や社会への働きかけという社会開発的側面をも明らかにすること。実は,国内の社会福祉理論のみならず欧米のソーシャル・ワーク理論も主張してきたように,社会福祉はその本質において不断の批判的な検証を必要とします。この点においてこそ,農福連携が社会福祉や社会福祉学に新風を吹き込み,社会福祉の在り方に変革を迫る余地があると言えます。それは延いては社会,つまり人間どうしの関係を変えることにつながります。

 そう考えると,当学会が社会福祉に貢献できる方途も見えてきます。すなわち,人間と植物の関係を深めることが人間どうしの関係を豊かにするという仮説のようなものを私たちは既に立てているわけですが,それを実現するためにはどうすれば良いのか。このような問いに重要なヒントを提供する記事が当学会誌に掲載されています(浅野房世(2022).人間と植物の関係学とはなにか,人植関係誌.21(2):1-11)。当学会の理事でもある浅野先生が学会賞を受賞されたときの講演を採録したものです。この中でも「何を社会に問うか」という問題提起がなされていましたが,この問いをこそ私たちは継承しなければなりません。

 去る3月,日本で言うところの「農福連携」の様子を見学しようと台湾を訪れました。最初はある学術論文に書かれていた事例を,台北でソーシャルワーカーをしている友人に伝えたら,なんとその友人の高校時代のクラスメートがそこの職員であるということが判明。そこから芋づる式に,10数もの団体の名前があがり,4日間で全島を鉄道で1周しつつ8カ所を訪問するという強行軍になりました(写真1,2)。

写真1 ある薬物依存経験者が台北近郊に開設した有機農場

写真2 ある社会福祉団体のイチジク園。精神障害者が農作業をするなら無農薬が望ましいと考え20年の試行錯誤を経て独自の有機農法を確立した。

 もちろん既存の制度や立地条件を活用するために農作業を取り入れている団体もありながら,既存の枠を飛び出そうという気概が感じられる実践者にも出会えました。そのうちの1人は,あるイギリスの研究者が提唱したGreen Social Workという概念を咀嚼し,個人レベルで食料が自給できる環境を保障する方法論を構築しようとしていました。食料価格が高騰する懸念がある中で,金銭の給付だけではフード・セキュリティは守れないというわけです。また別の1人は,身体・自然・芸術を三位一体として捉え,園芸療法と表現活動を一体化させてようとしています。そうすることで子どもたちの言語化困難なニーズが表現されることもあるそうです。

 そしてふと気付いたのですが,世界中どこでも若干の異同はあれどgreen care やcare/social farmingという言葉が使われています。日本と同じく漢語圏に属する台湾でも,それらの直訳である「緑色照護」や「社会性農業」などと言います。しかし日本では「農福連携」という独自の用語が作られました。これもまた考えてみれば興味深い現象です。以上のように,この分野には未だ手付かずの課題が多数残されています。ご一緒していただける方からのご連絡をお待ちしております。
(2023年10月13日記)